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きーんこーんかーんこーん、と終業のチャイムが鳴った。

「よし、それじゃあ今日はここまでだ」
先生が言った。
それに答えるように委員長が続ける。
「起立、気をつけ、礼」
ありがとうございました、と綺麗な輪唱をして
すぐさま、クラス中が騒音に包まれる。
「いやー、やっと一週間が終わったぜ」
僕は、伸びをしながら息を吐く。
やはり、金曜日の授業のあとの開放感は心地良い。
他のクラスメイトを見る限り、大半の生徒はそう思ってるように感じる。
「幸せそうだねぇ、眺」
隣の白沢さんが、僕に声をかける。
「そんな程度で幸せを感じれる人間がいてもいいのだろうか、
しかし…」
彼女は、いつも俯いて本を読んでいる、クラスに一人は居そうな人である。
その割りには、結構いろんな人と仲良く話してるのを見るのだが、
なぜか、僕に対しての態度がひどい。
そして、ひどい割には名前を眺、と馴れ馴れしく呼び捨てにする。
「あー…これだから人としての幸福を求めない馬鹿は…」
今も、自分から話しかけた癖に、いきなり自分の世界に入って、
僕を罵倒し始めた。こいつのこの性格は絶対おかしい。
むしろ、友達がいるのが不思議なくらいだった。
「なぁ、なんか悪いことしたか?」
「生きてるのが罪」
コンマ1秒で答えが出た。
うん、それならしょうがないかな。
「罪、そうそれは生きること。生きること自体が罪ならば…」
「じゃ、じゃあな!」
またもや自分の世界に入り出した白沢さんから逃げるように、
僕は教室を出た。
    
放課後に僕の向かうところは、主に2択。
真っ直ぐ家に帰るか。図書室に向かうかだ、
そして、今日は「部活」がある日なので、図書室に向かう。
「よう、窓付。遅かったな」
「遅かったね、眺君」
図書室の扉を開けると、すでに部活のメンバーが揃っていた。
図書室の奥にある一回り大きなテーブル。
それが僕たちの活動場所だった。
「最後に来た奴がジュースをおごる約束じゃなかったか?」
荒々しい口調でパロディを含んだ皮肉をぶつけてくるのは、
同級生の海原だった。
「いやー、今日も綺麗な腕だねぇ、食べたいぐらい」
早速変態モードに入ってるのが、
同じく同級生の川瀬だ。
「海原、それはなんて某部活だ。
川瀬、いきなりやらしい目で俺を見るな変態」
てきぱきと突っ込みを入れていく。
というか、急がないとボケが飽和してくるのだった。
「相変わらずの切れをいい突っ込みありがとう。
さて、妄想部の今日の活動を開始するか」
海原の宣言により、今日の部活動が始まった。
妄想部―それは、ただ単に妄想を繰り広げまくる部活である。
実際は、部活動として認識されてはいない。
そもそも、始まった理由が海原の
「3人で妄想できる場所が欲しい」という至極どうでもいい一言だった。
それで、なんとなく3人で放課後に集まってるうちに、
僕がかっこつけて「妄想部」という名前をつけたのが、名前の由来である。
「はいはーい、今日はBLについて語りたいです」
川瀬が、手を挙げながら言った。
こいつは、男の癖にBLが好きで、尚且つ鬼畜物が好きと言う、
男として存在して本当に大丈夫なのか疑いたくなる奴だ。
一度だけ、こいつの「おすすめ」の本を読んだときは、
2・3日まともに眠れなかった。
「ふん、男が男同士の絡みを見て面白いもんか、変態め」
「ふっ、僕は仮に変態だとしても、それは変態という名の腐男子なのさ!」
「いやいや、それ色々とアウトだから」
こんな風によくわからなくなる二人に突っ込みを入れるのが僕の役目であった。
ちなみに、僕はあまりどっちの話にも詳しくはなかったりする。
それでも、話を聞いてるだけでなんとなく楽しくはなる。
「大体、男同士の恋愛なんて生産性がないだろ」
「2次元の話に生産性なんて必要ないだろう?」
「ふん、現にお前はBLじゃないか」
「まさか、窓付君はただの妄想の対象だよ」
意味不明になってきた二人に突っ込みを入れようとした、
その時だった。
「楽しそうなお話ですねぇ、私も混ぜてくれませんか?」
高飛車な女子の声が、僕たちの会話に割り込んできた。
「げぇっ、彩!」
驚いた僕は、よくわからない叫び声をあげる羽目になった。
「おっと眺くん、幼馴染にそんな言い方は無いのでは?」
こいつは、僕の幼馴染、華道 彩である。
特技は、情報集めと人を引っ張りまわすこと。
彼女は、僕にいきなり告げた。
「眺くん、デートをしましょう、もちろん断る選択肢はありません」
「うっ・・・わかったよ」
幼馴染である以上断れないのもあるが、
こいつの頼みを断った場合、あることないこと広められる可能性が非常に高い。
そういうわけで、僕は何も言えない二人を置いて、
彩に引っ張られながら図書室を出ることになった。
「今日はどこに行くんだよ」
「ひ・み・つ(はあと)」
(はあと)じゃねぇよ。
大抵、悪いことしか起きないのはわかりきってる。
この前は、町のカフェの最新作「青汁パフェ」を無理やり食べさせられた。
実は、意外とおいしかったのはまた別の話。
引っ張られ続けること、10分ほど。
学校から歩いて3分ほどのビルの前に、僕と彩は立っていた。
何の変哲もない、よく街角にあるビルだった。
「さて、ここのビルの3階に行ってください」
「一体何があるっていうんだ?」
不敵な笑みで彩が答える。
「占い師がいるらしいのです。それもただの占い師では無くー」

ビルの3階のドアを開けた。
中は、真っ暗だった。
中央のテーブルに一つだけライトが置いてあり、
その向かいには一人の少女が座っていた。
「いらっしゃい、何の御用ですか?」
その少女は、身長的には大体12歳ほどだと思われるが、
真っ黒なベールを着ていたため、どこか異様な印象を与えていた。
「運命を変えてもらいに来ました」
口ではそう答えたが、本当の目的は違っていた。
「そうですか、それではそこに座ってください」
彼女の声は、どこか無機質な印象を僕に与えた。
結構こっちだって、おかしな事を言ってるつもりだったのだが、
彼女の声には、それを気にするような印象を与えはしなかった。
まるで、それが当然かのような声だった・
「それもただの占い師では無く、運命を変える占い師。
そう、噂をされています。
けれど、私は怖くて行きたくないから眺くんが変わりに行って頂戴」
そんな言葉に僕は半信半疑だったけど、
もし運命が変わったらそれはそれで面白い、と思って、
その占い師の所に行くのを承諾したいのだった。
そして、今僕の目の前にいる占い師は、
運命を変えてくれそうな気がした。
「そうですね、どのような運命をご希望で?」
彼女は、商品を選ばせる店員のような声で言った。
「・・・」
そういえば、考えてなかった。
どんな運命ねぇ・・・。
「退屈な日常を変えたい、というわけですか」
さすが占い師と言うべきか。
一発で僕の悩みを読み取った。
そう、僕は退屈なのだった。
毎日のように、図書室で妄想を繰り広げるのも、
彩とのデートに付いていくのも、
もしかしたら、何かが起こるのではないか、
そんなことを期待しながら、毎日を過ごしている。
彩とは、特に恋愛関係ではないので、
別に色めいた学校生活を送ってるわけでもない。
そして、どちらかというと、僕はクラスで目立ってるわけでもない。
クラスの人気者ならば、今頃はどこかの運動部で活躍してるはず。
人気のある奴は運動部。
なんとなくそんなイメージがある。
どっちみち、根暗な妄想部なんて相手にしてくれる奴はいないのであった。
誰でも、持ってる悩みかもしれないけど、
僕は、特別になりたかったのだった。
「わかりました、あなたを特別にしてあげます。
けれど、それでいいのですね?」
「え?まあいいですけど。
費用の面はどうなってるんですか?」
「後払いで結構です。失敗する可能性が高いですから。
あと、3日しか持たないので」
意外と良心的なのだった。
要するに、3日だけ別の人生を楽しめる仕組みらしかった。
「じゃあ、お願いします」
占い師は、いきなり僕に手をかざすと、
呪文を唱え始めた。
どこの国の言葉かはわからなかったが、
神秘的な印象を僕に与えた。
5分ほどして、呪文が佳境に差し掛かってきた、その瞬間。
「危ない、逃げて!」
いきなり少女が叫んだ。
「運命に押しつぶされる!逃げて!」
色々と反論したい気持ちはあったのだが、
その少女の形相がやばかったので、
一目散に逃げることにしたのだった。
そのビルの部屋から出て、ドアを閉めた瞬間に、

「へ?」
僕は、ベッドの上で目が覚めた。
あわてて、携帯電話を取り出して日付を見る。
確かに、一日が経過していた。
「夢落ちという奴?意味がわからん」
何がどうなったか考えていると、僕の部屋のドアがノックされた。
時間は7時半、ちょうど起きていってご飯を食べる時間だった。
親が起こしに来たのだろう。と思いきや、
「おはよう、お兄ちゃん」
そう言って、妹が入ってきた。
「ああ、おはよう」
「全く、制服のまま寝ちゃったりして、一体何なの?」
怒った表情で僕に話しかけて来た。
「ごめんごめん・・・ん?」
あれ。
なんだ。
僕に妹っていたっけ?
5秒ほど考えて。
事実を認識するやいなや、僕は家を飛び出していた。
「いやいやいやいやいやおかしいおかしいおかしいって」
僕は、3軒となりの彩の家まで走った。
玄関のチャイムを鳴らすと同時に、ドアをあけて叫ぶ。
「すいません、彩いますか!」
「あらあら、眺ちゃんじゃない、どうしたの?そんなに慌てて」
彩のお母さんがおっとりした声で僕に聞いてくる。
「いや!ちょっと!どうしても!急用!」
もはや自分でも何言ってるかわからない。
だが、そのいかにも焦ってる感じは伝わったらしく。
「彩ー!ちょっと来なさーい」
彩を呼んで貰うことに成功したのだった。
すこし冷静になった頭で、一体どんな説明をしようかと考えてるうちに、
彩が2階の部屋から眠たそうに降りてきた。
下着姿で。
次の瞬間、僕に彩の拳がクリーンヒットしていた。
薄れ行く意識の中で、僕はこれからの自分の運命を想像して少し悲しくなった。


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